【医学生の英語勉強法】今こそ読むべき!とある医師の留学とアメリカでの奮闘記

「医学生たるもの、英語を勉強すべき」 そう語る木村専太郎先生をご存知だろうか? 福岡で多くの方から慕われる「病と健康のよろず相談所・木村專太郎クリニック」の開設者だ。 先生は1965年から81年までの16年間に医学生としての留学を含め3度アメリカに渡り、12年間滞在された。 今でこそ海外留学は多くの方が挑戦しやすいものになっているが、当時の、しかも医学生にとってのそれは、限られた人の挑戦だったようだ。大きな目標に何度も挑み、多くの失敗にも決して挫けず、常に明るく志をもって努力を重ね、前人未踏の成果を残されてきた。 その生き方から、いま青春を生きる我々が学ぶべきことは多くあると思う。 今回は許す限り、先生の生き様を紹介し、「医学生たるもの、英語を勉強すべき」の神髄に触れてもらいたい。
提供:株式会社木村オ-ソ栄養企画
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この記事の目次

【医学生の英語勉強法】木村専太郎先生とは

木村専太郎クリニック
1938年4月、東京生まれ。九州大学医学部卒。
医療先進国アメリカに12年間滞在し、病理学を修め、国立病院・アイオア大学で外科の研修を終え、州医師とアメリカ外科医専門医師の両免許を取得。
約2年間半、ERに勤める傍らでアイオワ州デモイン市で一般外科を開業。
帰国後も中核病院で病院長を務めるなど、長きに渡り医療最前線に携わってきた経験を経て、2001年4月に木村専太郎クリニックを開設。

【医学生の英語勉強法】やってやれないことはない。やらずに出来るはずがない。

木村専太郎クリニック
先生の人生で大事にされていることを外から見ていると、「やってやれないことはない。やらずに出来るはずがない」という言葉が浮かんでくる。
内なる好奇心から湧き出す人生の目的・目標は、時に「前人未踏」の領域に足を突っ込んでいるために、大きく、高く、広がりのある壁に突き当たることも多くあるが、決断と行動する力、最後までやり切る胆力、何があってもくじけない粘り強さと明るさ・おおらかさをもって、多くのことを成し遂げられてきたように思う。

関連するエピソードは枚挙に暇がないが、2つご紹介したい。

米国留学

木村専太郎クリニック
元々は英語教師を目指されていたが、教師よりも医者の方が長く働けるのでは、という理由から医者を目指すようになったとのこと。
学生時代の努力の甲斐あって英語が話せたこともあり、医大を出てからは東京の米空軍立川病院でインターンを行った。アメリカで外科のトレーニングを4年間受ければ一人前の外科医になれるという予測ができるほどに教育制度が充実しており、日本の病院との違いに驚かれたという。
インターン終了後、九州大学の外科で働くものの刺激が足りず、日本で地位が約束された道を進むか、様々なリスクのあるアメリカに渡って修行するのか、を半年ほど悩まれたが、最後は「きっと60歳になった時に、行っても行かなくても後悔する。どうせ後悔するなら行って後悔しよう」ということで渡米を決意。
アメリカの医者は全科を診ることができる人が多かったため、そんな医者になりたいという思いをもって1965年に渡米された。

当時まだ発展途上国だった日本の一青年が、同僚や先輩医師たちに少しずつ存在を認められ修練を積んでゆくには、並々ならぬ困難があったと想像される。

外科専門医試験

木村専太郎クリニック
外科レジデントのコース選択が望み通りにならなかったり、指導医が意地悪だったりもあり、受験のチャンスがあと1回しか残されない状況に追い込まれたが、再び渡米したうえで最後には目標を達成してしまうのは、ひとえに先生の大らかさと粘り強さによると思われる。
アメリカ人でも約70%しか通らない試験に周到な準備の上で挑戦し、口頭試問では世界的に著名な教授達に囲まれて次々に質問をクリアしたあと、最後にエール大学のバヴィ教授に「君はハルステッドと言う名前を聞いた事がありますか」と問われ、よくぞ聞いてくれたとばかりに医学史に関わる様々なエピソードを述べ立て、ついには厳格な試験官たちが笑い出してしまい、結果的には合格を勝ち取ったエピソードがある。

このエピソードには先生の人柄、人生へのスタンスが強く現われており、苛酷な試験準備のさなかにあっても、個々の専門知識だけでなく医学そのものに関わる広い裾野に目を向けて、厚みのある知識を身につけた結果となっている。
この知識の集積が、後で紹介する本の出版に繋がっていることは言うまでもない。

【医学生の英語勉強法】思い・願いの襷を繋ぐ

木村専太郎クリニック
先生はご自身でもそう仰るとおり、好奇心の塊のような方だ。
63歳で開業し、新たに栄養学を学んだり、73歳からピアノの弾き語りを学んだり。
新しい道を見つけたら行ってみないと気が済まない性分だという。
これは間違いなく、先生の特徴の1つであろう。
一方で、寄せられた期待に応える、願いや思いの襷を繋いでいく、ということも大事にされる方だと思う。

長年剣道に携われてきた先生に「医の残心」というお話を聞いたことがある。
剣の残心とは、相手を倒したと思っても、倒した相手が動いたり、逆襲する様子があるとき、もう一太刀を加えて完全に最後のとどめを刺す心を言うそうだ。
先生の考える医の残心とは、「患者やその家族、さらには病院従業員全体、さらに広く人間全体へのCare」であるという。
Careとは、医療で言われるプライマリーケアや癌患者のターミナルケアの訳語の看護だけではなく、思いやりや心遣いを意味するものだそうだ。
これを漢字で「仁」という言葉で表し、思いやりの医療、すなわち仁術がいままた再定義されるべき医療のあるべき姿なのでは、といつも心に留めて医療を行うように心がけているそうだ。
筆者は10回近くクリニックに足を運んだことがあるのだが、同様の思いをもってクリニックの方たちが働かれているのだろう、というシーンを垣間見る度に、「すごいなぁ。患者さんは心強いだろうなぁ」と思ったものだ。

思いやりの医療、という境地に至らしめることに影響したであろうエピソードをご紹介したい。

ベーチェット病の患者さんとの出会い

木村専太郎クリニック
1972年、3度目の渡米前の日本滞在中、大分県の国立別府病院で眼球や内臓に炎症をきたす難病「ベーチェット病」の患者を前にしたときのことである。
ベーチェット病で腸に穴が開いて、人工肛門を付けていた患者さんがいた。
当時の日本では人工肛門のケアをするシステムはなく、そのためずっと入院されていたそうだ。
目も見えず、人工肛門を付けて一生病院での生活を強いられている。
人工肛門は作られてから長い時間が経つほど再び閉じることが難しくなるが、すでに5年もの間、閉じられていなかったその患者の人工肛門を閉じることを先生は提案した。
前例がなく、技術的にも困難な手術になるため反対の声も多くあったそうだが、病院の担当外科医を説得し、手術し、最後には完治されたそうだ。
退院の日に患者さんは見えない目から涙をこぼして感謝の気持ちを伝えると同時に、

「先生みたいな医者は日本にいないとダメだ」

と言われたという。
先生も涙を流し、3度目の渡米後もその言葉はずっと心に残っていた。
様々なことが重なったことは事実だが、この言葉が背中を押すように、1981年に日本に戻ってきたとのことだった。

恩師の死と帰国

木村専太郎クリニック
アメリカでの開業3年目の1980年、先生の恩師である日田中央病院当時の院長が急逝されたときに、「将来は木村くんにこの病院を受け継いでくれるように頼む」という遺言があり、帰国依頼があった。
しかし、その時は米国で待望の開業をしたばかりで、目の前のこと以外、考える余裕はなかった。
その2年後、日田中央病院総務部長が渡米してアイオワまで来て、病院の経営状態が良くないことを言われ、ぜひ帰国してほしいと再度、依頼された。

「先生が帰国されると従業員80人とその家族300人が助かり、路頭に迷わずに済む」の殺し文句が心にグッと突き刺さった。
更に、前述の国立別府病院の思い出の患者さんの「先生みたいな医者は日本にいないとダメだ」という言葉も背中を押し、「米国で学んだ医療を日本で使ってみよう」という思いをもって帰国した。

【医学生の英語勉強法】著作紹介

先生の人柄や、人生、社会、関わる人達へのスタンスの一端が分かるエピソードをご紹介した。
筆者自身は先生のお話を聞くたびに元気をもらっている。

「やってやれないことはない、やらずに出来るはずがない」

そんなメッセージをいつも頂いている気がする。

お話を聞く機会がないみなさんにもそんな先生の言葉を共有すべく、先生の著書をいくつかご紹介したい。

【著作紹介】医者武者修行IN U.S.A.

木村専太郎クリニック
本書は武者修行中のアメリカでの医学研修時代と3年間の外科開業を中心に、

1. その前後の学生時代
2. 米国での外科のレジテント(研修医)時代
3. アイオワ州での開業時代

の3つのことが中心に書かれているものである。

「やってやれないことはない。やらずに出来るはずがない」

というメッセージと元気をもらえる一冊だと思う。
海外留学に行くかどうか悩んでいる方、医者としての道を進むべきか悩んでいる方、色んな壁にぶつかって元気が少なくなっている方、などにぜひ読んでもらいたい。

人生は楽しんだもの勝ちである。
楽しむための選択肢は無限にあり、選択の機会は幾度も訪れる。
自分の人生なんだから、何を選んでも良いと思う。
ただ、選んだものを正解にする努力をできるのは自分だけ。
選択に対する当事者意識を強くもって進んでいくべきである。

先生の半生に触れて、筆者は強くそう思うようになった。

【著作紹介】医者も知りたい面白医学英語事典

木村専太郎クリニック
愉しい寄り道話もたっぷりのユニークな医学英語事典であり、医療関係者、医学研究者、医学生、看護学生待望の書と言えると思う。
よく使われる医学英語から約1,500語を取り上げ、発音を示し、易しい解説に加え関連した事項や様々なエピソードを紹介している。

1984~2010年の27年間、九大医学部同窓会雑誌『学士鍋』に好評連載された「医学英語落書ノート」を加筆編纂したもの。12年間に及ぶ米国滞在経験、そしてその後の臨床医学者としての実績と幅広い教養が盛り込まれた他にない作品だ。
1つのことに集中して取り組み、深く深く掘っていくと厚みのある知識となり、こうした本を発刊するに至る、ということに、筆者自身驚かされた一冊である。

【著作紹介】ギリシャ神話とローマ神話に隠された医学用語

木村専太郎クリニック
「身体の部位」「心理学用語」「病名や症状」「薬剤名」など、ギリシャ神話に由来して名付けられている医療用語とその背景を、医学英語学習時代に蓄積した厚みのある知識と共に惜しげもなく披露した一冊。
こちらも、医療関係者、医学研究者、医学生、看護学生待望の書と言えると思う。

先ほどと同様に、好きなこと、興味関心があることを突き詰めることで本を出すに至る、ということに筆者自身、驚きと希望を抱かされた一冊である。

Medical Terms and Hidden Origin in Greek and Roman Mythology

木村専太郎クリニック
「ギリシャ神話とローマ神話に隠された医学用語」の英語版である。
世界的にも稀な著書であるため、英語版を出版されたそうだ。

【医学生の英語勉強法】今こそ読むべき!とある医師の留学とアメリカでの奮闘記

「医学生たるもの、英語を勉強すべき」
「やってやれないことはない。やらずに出来るはずがない」

を体現されてきた木村専太郎先生をその著作と共にご紹介した。
留学を考えている方、医学生を目指している方、英語を学習中の方、アメリカでの挑戦を志している方、人生の壁にぶつかっている方、など様々な方の目に触れて、元気を届けるきっかけになったら嬉しい。

何が起きるか分からない、「正解」とされるものの賞味期限が極めて短い世の中で、ご自身のやりたいことと向き合ってみてはいかがだろうか。

「やってやれないことはない。やらずに出来るはずがない」のだから。
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