【2025】まるで平安絵巻の世界『葵祭』。悠久の京歴史に思いを馳せよう!
京都三大祭のひとつ、葵祭。平安装束をまとった人々の行列は、まるで雅な平安時代にタイムスリップしたかのよう。例年メディアにも取り上げられ、初夏の京都の風物詩です。本記事では、葵祭の起源や祭事の内容、2025年の見所を詳しく紹介します。
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この記事の目次
葵祭(あおいまつり)は、京都の世界文化遺産のひとつ、『下鴨(しもがも)神社』『上賀茂(かみがも)神社』のお祭りとして開かれます。
祇園祭と時代祭にならぶ京都三大祭のひとつで、長い歴史をもつ伝統あるお祭りです。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
祇園祭と時代祭にならぶ京都三大祭のひとつで、長い歴史をもつ伝統あるお祭りです。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
葵祭の「あおい」は、下鴨神社と上賀茂神社の神紋(しんもん)である「ふたばあおい」に由来します。
お祭りでは、「葵桂("あおいかつら"または"きっけい")」といって、桂の小枝に、ふたばあおいの葉を絡ませたものが飾られ、みずみずしい緑で彩られます。
葵祭は、もともとは下鴨神社と上賀茂神社の総称「賀茂社(かもしゃ)」から、賀茂祭(かもさい)と親しまれていましたが、「ふたばあおい」をお祭りの衣装や牛車(ぎっしゃ)などを飾ることから、江戸時代より「葵祭」と呼ばれるようになったそうです。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
お祭りでは、「葵桂("あおいかつら"または"きっけい")」といって、桂の小枝に、ふたばあおいの葉を絡ませたものが飾られ、みずみずしい緑で彩られます。
葵祭は、もともとは下鴨神社と上賀茂神社の総称「賀茂社(かもしゃ)」から、賀茂祭(かもさい)と親しまれていましたが、「ふたばあおい」をお祭りの衣装や牛車(ぎっしゃ)などを飾ることから、江戸時代より「葵祭」と呼ばれるようになったそうです。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
葵祭のはじまりは、1500年ほど前、欽明(きんめい)天皇の時代までさかのぼります。
災害や凶作が相次ぐ原因を、占いにより五穀豊穣を司る賀茂の神様の祟りとつきとめます。その祟りをおさめようと祈ったのがはじまりとされています。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
災害や凶作が相次ぐ原因を、占いにより五穀豊穣を司る賀茂の神様の祟りとつきとめます。その祟りをおさめようと祈ったのがはじまりとされています。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
路頭(ろとう)の儀は、天皇の使者である勅使が下鴨、上賀茂の両神社に向かう様子をさします。毎年5月15日(※)に開かれる、路頭の儀は葵祭の大切な神事のひとつです。
平安装束をまとった人々が約8kmもの距離を練り歩く姿は、葵祭のハイライトとしてテレビや新聞でも多く取り上げられ、初夏の京都を盛り上げます。
※雨天の場合は翌16日に順延
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
平安装束をまとった人々が約8kmもの距離を練り歩く姿は、葵祭のハイライトとしてテレビや新聞でも多く取り上げられ、初夏の京都を盛り上げます。
※雨天の場合は翌16日に順延
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
路頭の儀では、皇族や貴族、それに関わる人たちが身にまとう、雅な平安装束に注目です。
近衛使(このえづかい)をはじめ検非違使(けびいし)、山城使(やましろのつかい)、斎王代(さいおうだい)など、約500名が平安装束を身にまとい歩く様は、古の姿そのまま。1000年以上前の世界がよみがえってくるようです。
平安絵巻さながらの行列は、写真を撮りたくなること間違いなしです!
近衛使(このえづかい)をはじめ検非違使(けびいし)、山城使(やましろのつかい)、斎王代(さいおうだい)など、約500名が平安装束を身にまとい歩く様は、古の姿そのまま。1000年以上前の世界がよみがえってくるようです。
平安絵巻さながらの行列は、写真を撮りたくなること間違いなしです!
行列の中、御輿に乗って登場する女性が斎王代(さいおうだい)ですす。
「斎王」とは、上賀茂神社・下鴨神社に奉仕した女性のことをさします。平安時代は天皇の皇女や姉妹など皇室の未婚の女性から選ばれていました。現在は、京都にゆかりのある未婚の女性から選ばれ、テレビや新聞などでも取り上げられるほど。
斎王代が十二単(じゅうにひとえ)をまとった姿は、とても美しく華やかで、まさに葵祭の主役という雰囲気です。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
「斎王」とは、上賀茂神社・下鴨神社に奉仕した女性のことをさします。平安時代は天皇の皇女や姉妹など皇室の未婚の女性から選ばれていました。現在は、京都にゆかりのある未婚の女性から選ばれ、テレビや新聞などでも取り上げられるほど。
斎王代が十二単(じゅうにひとえ)をまとった姿は、とても美しく華やかで、まさに葵祭の主役という雰囲気です。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
葵祭を巡回するには、まず京都御所から出発し、下鴨神社・上賀茂神社に向かいます。
京都御苑と下鴨神社には有料観覧席が設けられており、ベストスポットでゆっくり観覧できます。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
◎京都御所・出発(10:30)→ 堺町御門 → 丸太町通 → 河原町通 → 下鴨神社・到着(11:40)社頭の儀
◎下鴨神社・出発(14:20)→ 下鴨本通 → 洛北高校前(14:40)→ 北大路通 → 北大路橋(14:55)→ 賀茂川堤 → 上賀茂神社・到着(15:30)社頭の儀
※( )は行列先頭通過予定時刻
◎下鴨神社・出発(14:20)→ 下鴨本通 → 洛北高校前(14:40)→ 北大路通 → 北大路橋(14:55)→ 賀茂川堤 → 上賀茂神社・到着(15:30)社頭の儀
※( )は行列先頭通過予定時刻
京都御苑と下鴨神社には有料観覧席が設けられており、ベストスポットでゆっくり観覧できます。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
葵祭は、5月15日の「路頭の儀」のほかにも、「前儀」と呼ばれるさまざまな儀式が下鴨神社や上賀茂神社で行われます。
流鏑馬神事は、葵祭の道中が平穏無事に行われるよう、はらい清める前儀です。
下鴨神社の糺の森(ただすのもり)において、疾走する馬に乗り、100メートル間隔で設置された3ヶ所の的を、矢で射抜きます。
矢が見事命中すれば、その的は「当たり的」と呼ばれる縁起物として一般に授与されます。この時期にしか手に入れられないものなので、気になる方はぜひチェックしてみてください。人馬一体となって駆け抜け、矢を射る姿は迫力があり、圧倒されること間違いなしです。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
下鴨神社の糺の森(ただすのもり)において、疾走する馬に乗り、100メートル間隔で設置された3ヶ所の的を、矢で射抜きます。
矢が見事命中すれば、その的は「当たり的」と呼ばれる縁起物として一般に授与されます。この時期にしか手に入れられないものなので、気になる方はぜひチェックしてみてください。人馬一体となって駆け抜け、矢を射る姿は迫力があり、圧倒されること間違いなしです。
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
斎王代女人列御禊の儀は、御手洗川(みたらしがわ)で川の水に手を浸し、身を清める御禊(ごけい)を行う前儀です。祭に奉仕する斎王代の他、女人列に参加する人たちにも御禊が行われます。
この斎王代女人列御禊の儀は、上賀茂神社と下鴨神社で毎年交互に行われます。日本古来の文化に触れる、貴重な体験ができることでしょう。
この斎王代女人列御禊の儀は、上賀茂神社と下鴨神社で毎年交互に行われます。日本古来の文化に触れる、貴重な体験ができることでしょう。
賀茂競馬は、天下泰平と五穀豊穣を祈る前儀です。
騎手は右方(うかた)と左方(さかた)に分かれ、馬を走らせ早さを競います。左方の馬が勝つ年は豊作になるという言い伝えがあり、人々は左方の勝利を願い豊作を祈ったそうです。
賀茂競馬は、「京都市登録無形民俗文化財」に登録されており、現在の競馬の発祥といわれています。
※"賀茂別雷神社/上賀茂神社 公式HP"参照
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
騎手は右方(うかた)と左方(さかた)に分かれ、馬を走らせ早さを競います。左方の馬が勝つ年は豊作になるという言い伝えがあり、人々は左方の勝利を願い豊作を祈ったそうです。
賀茂競馬は、「京都市登録無形民俗文化財」に登録されており、現在の競馬の発祥といわれています。
※"賀茂別雷神社/上賀茂神社 公式HP"参照
※"京都観光オフィシャルサイト 公式HP"参照
本記事では、京都三大祭のひとつである葵祭を紹介しました。平安時代から現代まで続く、長い歴史を感じることのできる「葵祭」。悠久のときの流れを感じつつ、生きた平安絵巻の世界を体感してみてください。
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※掲載されている情報は、2025年04月時点の情報です。プラン内容や価格など、情報が変更される可能性がありますので、必ず事前にお調べください。












