深大寺
調布/その他神社・神宮・寺院
東京都調布市にある天台宗別格本山深大寺。深大寺の中で慈恵大師(元三大師)像を安置しているのが元三大師堂です。今は本堂の西北の本堂よりも一段高いところに建っていますが、江戸時代の大師堂は本堂の西南に東向きに建っていたそうです。幕末の火災で類焼した際に、本堂西の崖地を削って造成した現在の場所に再建され高いものです。被災直後ひ本堂をさしおいて復興されたことは、厄除元三大師がいかに多くの信者を集めていたかを物語っています。
【深大寺】都内で古いお寺は浅草寺さんですが、その次に古いのが、ここ調布市にある深大寺です。天台宗別格本山で、正式名称は浮岳山昌楽院深大寺です。厄除元三大師でもあります。近くには神代植物公園、深大寺そば、鬼太郎茶屋などあって、非常に賑やかですよ。また、2017年に国宝に指定された銅造釈迦如来倚像」(白鳳仏)など数多くの見どころがあります。
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小田急ホテルセンチュリーサザンタワー
新宿駅/ホテル
新宿駅南口より徒歩3分の小田急ホテルセンチュリーサザンタワーに行ってきました!エキチカ、東京の景色が眼下に広がっていて、東京の街並みを一望できる最高のロケーションのホテルでした。広々と開放感のあるダイニングでいただきました。シェフが目の前でつくってくれるオムレツが美味しかったです。
新宿新南口からすぐのお洒落なスポット、サザンテラスにある小田急ホテルセンチュリーサザンタワー20階のロビーに隣接したサウスコート開放的な大きな窓から、新宿の高層ビルを眺めながらの食事やアフタヌーンティーが楽しめます♫・その中でもスープ・前菜に、選べるメインディッシュと珈琲か紅茶がついてくるワンプレートランチがおすすめ🍽・この日のメインはシェフ特製のスパイシー牛すじカレー🍛・プラス500円でデザートプレートも💕・お天気がいい日は遠くにスカイツリーも見えますよ😊
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リニューアル 肉ビストロ WAIGAYA
新宿三丁目/ステーキ、ビストロ、ダイニングバー
新宿三丁目「和牛ホルモンWAIGAYA」濃厚チェダーチーズハンバーグ(ハンバーグ3個まで同料金、ライス、生卵おかわり無料付)1100円。明治通り沿いの伊勢丹の向かい辺り地下。昼時はすごい行列の出来るこちら。11時から整理券を配るようになったみたいです。この日は13時すぎに行き整理券もらって店の前で少し待って中に呼ばれました。席でオーダーした時に現金かPayPayで先払いです。同価格でハンバーグは1つ120gが3個まで無料。挽肉と米さん以降この手のお店が増えましたが、こちらはまとめて3個登場します。チーズソースは後がけで目の前でかけてくれます。ハンバーグ自体は炭火焼きのお店の感じまではなく、ふわふわでもなく、旨味がすごいとかでもないよくある味でした。チーズかける前からトマトソースが濃いので、しっかり焼きのハンバーグにソースを染み込ませていただきました。食べ進めると味が結構重たくなるので、卵をとじてお米にかけると少しさらさらいただけてちょうどいい。ご飯のおかわりもしてお腹いっぱいになりました。
今日のランチはWAIGAYA新宿本店の濃厚チェダーチーズハンバーグで❗️ハンバーグは1つ120gで合計360gを食べちゃいました。肉もソースも美味しく食が進みます。また行きたいですが、すっごい行列が悩みどことですネ‼️
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フジテレビ本社ビル
お台場/仕事体験(職業体験)、産業観光施設
お台場に遊びに来たら必ず行くスポットを紹介!大体夕方16:00頃に行くと、フジテレビ前(1階)でNEWSEVERYのニュース番組の天気予報が生中継で行われてますよ笑フジテレビ建物付近にあるエスカレーターを上がっていくと、夕方には綺麗なオレンジ色のグラデーションの夕日が見えるのでおすすめです!時間帯を早くするとフジテレビ内の展示や、お店に入って楽しむのもいいかもしれません!夜にはフジテレビ建物全体のライトアップが見れる日があります!虹色でチカチカしていてとても綺麗です!お台場行った際には立ち寄ってみてください!
平日の午後に訪問しました。東京テレポート駅の近くです。巨大ガンダム自由の女神フジテレビ本社ビル観光して来ました。〒137-8088東京都港区台場2丁目4−8
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高幡不動尊
立川/その他
高幡不動尊2024.1.15②‼️今年2度目のおみくじは小吉です✨末広がりの八番❗️良い数字だぁ😆成✨成功への近道はない時には転んでも良いものです肝心なのは決して転ばないことではなく転ぶたびに起き上がることとても良いことが書いてありますなぁ〜😌ここのおみくじは高幡不動尊来たらいつも必ずひいてますお正月も終わりましたがまだいくつか屋台が出てました❗️たこ焼きと五平餅と甘酒とダルマの屋台がありましたよ新撰組土方歳三の菩提寺である高幡不動尊には銅像や位牌さらには奥殿に歳三の書簡ほか多くの新撰組資料が展示されています。後なんかよくわからないですがにこにこ地蔵やデッカい神様の足形みたいのや大観音像など写真撮ってみました〜😆
三連休最後の日☺️成人の日に毎年新年に参拝に行く日野の高幡不動尊☺️私の干支酉年は不動明王なので必ず訪れてます😊👍早めに行かないと混み合うので9時には到着まだ人はまばら帰る頃には結構混み合って道も渋滞してました😊👍立川の諏訪神社では末吉でしたがここでは大吉が😍👍😊なんか久しぶり😁☺️今回は何回も来てたけど拝観してなかった大日堂の鳴り龍を200円の拝観料で見て体験して来ました😊👍天井に龍の絵がかなり古くて煤けててよく見えなかったけど真ん中で手を叩くと反響して来ます😍👍ここには八福神の襖絵も見れます♪女性の神様弁天様の他に居たんですね名前忘れちゃった😅手水舎が龍ではなく櫓みたいなのが真ん中の石から水が湧いて来てます😊👍小腹空いたのでお芋さんの砂糖まぶしたの食べました👍😁五重塔は相変わらず美しいですね😍👍母のお墓が近いのでお墓参りもして来ました☺️そう言えばお正月から今日まで駐車場がお寺の周り軒並み高額😅あまりよく見ないで止めたら帰る時3000円とビックリ😂😅境内の駐車場は厄除けなどの人のための駐車場で止められないんですよね〜😅あははは😅やっちまった😆🥲まぁこれも戒めと思いこれから気をつけよう😍👍
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赤坂氷川神社
赤坂/その他
【勝海舟住居跡地】今日は赤坂氷川神社さんの近くに行ったので、参拝してきました。実はこの氷川神社の裏手には、あの勝海舟先生の御自宅が在った場所です。自宅の間取、採掘品などが近くのセンターに展示されています。生まれは墨田区の方ですが、赤坂が特に好きだったそうで、赤坂地区のいろんな処に転々としていたそうです。この場所に住んだ幕末の10年間は、特に有名で華やかな時代だったそうですよ。皆さんもご承知のように、江戸城の無血開城により外国からの植民地支配を阻止し、海国日本の基礎へと導いたお方ですからね。もちろん大好きな坂本龍馬さんを育てた人物でもあります。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥【勝海舟(1823-1899)】幼名は麟太郎。本名は義邦。江戸時代の官位として安房守の名前が浸透していました。明治維新後の改名は「安芳」本人いわく『あーほぉ』とも読めて、非常にお茶目な一面もあるお方でした。因みに海舟とは雅号です。本名以外の時に使うもので、作家名みたいな感じですね。妹の旦那さんである、佐久間象山(思想家/兵学者)の本『海舟書屋』から拝借したとか‥。新政権の政治にはあまり関わりませんでしたが、卓越した見識や思想。またその情熱は内外の指導者的な人達と幅広く交わり、平和的な解決案や国事に奔走したことも語り継がれていますね。。さらに心温まる話が、新政府軍責任者であったあの西郷隆盛氏が晩年、明治政府に裏切られ戦争に巻き込まれて自害した時、その汚名返上に奔走し、西郷隆盛の子供達の面倒をみたのも勝海舟と言われています。また最後の将軍15代:徳川慶喜公の名誉回復にも努めたことも有名な話しですからね。。先見の頭も切れ、柔軟で優しい。何よりジョークが大好きな幕臣だったのです。晩年、最後の言葉が、『コレデ、オシマイ!』だそうです。
【赤坂氷川神社】赤坂氷川神社へ初参拝。会社の仲間たちと、新体制の発足祈願へ。お祓いをしてもらいました。新鮮な気持ちでスッキリしました。立派な神社でまた参拝したいです。赤坂駅、六本木一丁目駅から7-8分のアクセスです。
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鬼子母神堂
目白/その他神社・神宮・寺院
七福神めぐり、ハマってます😆雑司ヶ谷七福神めぐり。まずは、鬼子母神堂から。
都電荒川線途中下車の旅最初の下車は鬼子母神です雑司ヶ谷鬼子母神堂は池袋駅の南方約一キロメートルの地にあって、日蓮宗法明寺に属している。南の参道には樫並木があり、鬼子母神堂は平坦な境内の北寄りにほぼ南東を正面として建つ。鬼子母神堂は永禄4年(1561)に鬼子母神像が出現したことに始まる。天正6年(1578)、鬼子母神像が雑司ヶ谷の村人によって建てられた草堂に安置され、寛永2年(1625)には社殿の造営があり、正保3年(1646)には宮殿が寄進された。鬼子母神像が託された法明寺塔頭の東陽坊は後に大行院となり、江戸時代を通じて鬼子母神堂は大行院が別当として管理した。鬼子母神堂には江戸時代前期より将軍の御成があり、鬼子母神の信仰は江戸時代を通じて武家から庶民に至るまで幅広く浸透し、大いに盛況を呈した。駅の近くに話題のメロンパン屋さんが😊美味しかったよ😊
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烏森神社
新橋/その他
烏森神社地名の由来烏森の地は、古くこのあたりが武蔵の国桜田村と呼ばれていた時代には、江戸湾の砂浜で、一体は松林であった。その為当時この地帯は「枯州の森」あるいは「空州の森」と言われていた。しかもこの松林には、烏が多く集まって巣をかけていた為、後には「烏の森」とも呼ばれるようになった。それが烏森という名の起こりである。明治以降昭和7年まで町名として使われていたが、その後新橋に改められ、今ではJR新橋駅の烏森口としてその名をとどめている。神社の創始平安時代の天慶3年(940年)に、東国で平将門が乱を起こした時、むかで退治で有名な鎮守将軍藤原秀郷(俵藤太)が、武州のある稲荷に戦勝を祈願したところ、白狐がやってきて白羽の矢を与えた。その矢を持ってすみやかに東夷を鎮めることができたので、秀郷はお礼に一社を勧請しようとしたところ、夢に白狐が現れて、神鳥の群がる所が霊地だと告げた。そこで桜田村の森まできたところ、夢想のごとく烏が群がっていたので、そこに社頭を造営した。それが、烏森稲荷の起こりである。神社の隆昌明暦の大火(世界三大大火の一つに数えられる俗名振袖火事)が起こった際、江戸市中は焼け野原となり、もちろん当社の周辺も大方焼けてしまった。ところが烏森稲荷社だけは不思議にも類焼を免れたのである。これは神威の致すところと考えられ、以降当社に対する信仰は日に日に厚くなっていった。また、椙森神社(日本橋)柳森神社(神田)と併せ「江戸三森」として古くから崇敬されている。明治6年にはこれまでの烏森稲荷社の社名を烏森神社と改め、新橋烏森の守り神として多くの人々の信仰を得ている。昭和46年には御社殿を造営し現在に至っている。例大祭5月4・5・6日江戸時代までは稲荷信仰にしたがって、2月初午の日が例祭日とされていた。『祠曹雑識』によれば、百余りの稲荷番付の中で烏森稲荷は東の関脇に位置付けられている。氏子町は神輿・山車踊りや練り物等を出すのが習わしで、稲荷祭の賑わいとしては江戸で1・2を争うものであった。明治以降は例祭日を端午の節句5月4・5・6日に改め、夏祭りのはしり烏森祭として全国的に有名である。
久しぶりに烏森神社⛩にお参りしました♪ひなまつりの限定御朱印をいただきました。ありがとうございました。🙏
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