鶴ヶ城(若松城)
会津若松・東山温泉/その他
2019年の秋頃でしょうか?福島の会津若松にあります鶴ヶ城に行った際、可憐なお花がひっそり咲いているのを見つけました。お城も素晴らしいですが、自然も美しいのが魅力です。
2024年11月1日(金)少し晴れ⛅️福島の旅第9弾ホテルルートイン会津若松を出て第1の目的地は『鶴ヶ城』🏯ホテルから出た時にカーナビを北駐車場に合わせてしまい妻に怒られました💢普通は南でしょう‼️って1部の木々は少し色づいていましたが🍁にはあと1週間ほどくらいと勝手に思いました。でも何十年間振りに見るそびえ立つ「鶴ヶ城」は迫力満点でした✌️これぞ会津若松‼️ってな感じでしたよ👌いやーやはり綺麗ですね👏👏👏雨ではなく薄日がさしてくれて良かった✌️まだまだ続きます🙏
会津さざえ堂
会津若松・東山温泉/その他
福島県会津若松市にある会津さざえ堂。さざえ堂は、城下町会津若松を見下ろし、戊辰戦争の際に白虎隊が自刃した地として知られる飯盛山の中腹にあります。頂上のお墓にお参りをしたあと、小高い丘の散策も楽しみ、こちらのさざえ堂の内部にも入りました。・なんとも不思議な江戸後期の六角観音堂、会津さざえ堂。正式には、円通三匝堂というそうです。内部は上りと下りの階段が一度も交わらず、一度も同じ階段を通ることなく上って下りて来るというとても不思議な構造をしています。狭い塔ですが人とすれ違うことがないのです。それを知ってからぜひ行ってみたいと思っていたさざえ堂、昨年秋に訪れることができました。木造のシンプルな色合いながら、これだけのインパクトと存在感があるのはこの複雑さゆえなのか…見れば見るほど引き込まれます。外観からも渦を巻くような階段が想像されますが、いよいよ中へ入ると美しい螺旋階段と窓枠越しの風景が楽しくあっという間に一番上へ。そしてもはや自分がどこを通ってきたのかわからないけれど下りの階段を経て出口。たしかに入ってきた場所と違うところに出ます。あらためて見上げてみて、おもしろい建築だなぁ…何より当時のすごい発想と建築技術に感服しました。ブラタモリでも紹介されたそうです。
白虎隊が自害した飯盛山の中腹にあるこの螺旋構造の建造物。直ぐ近くに隊士たちのお墓がありますが、白虎隊にはなんら関係が無いのですね。建立は1796年の江戸時代中頃になります。フランスの世界遺産であるシャンボール城内部の螺旋階段がレオナルド・ダ・ヴィンチの設計と言われていますが、これが蘭学の書物に記載され、会津のこの地で参考にされたのではないかとの説もあります。中は、階段ではなくてあくまで坂がグルグルとのぼっていき、また下り坂をグルグルと降りて行きます。同じところは通りません。この一通りの流れで三十三観音参りが出来てしまうというカラクリでした。こんな面白い建造物でも戊辰戦争を潜り抜け、不安定な形状でも長年ここに建っているのに、この直ぐ近くに眠っている若干15歳前後の若者たち・白虎隊は全滅したことを考えると、人の儚さを感じられるような気がします。正宗寺の仏堂として、江戸時代後期の寛政8年(1796年)に当時の住職であった郁堂が建立したもの。白虎隊切腹の地のすぐ側にある。昔は無料だったが、今は、文化財保護のため低価格だが有料になっている。是非、会津に行ったらこの地ははずせない場所だ。高台にあるので、歩くのに疲れた方や障害の方には何と有料にはなるが、動く歩道が完備されている。会津は実に見処、飲み処、食べ処、温泉処、お祭り所かワクワクするほど沢山ある。春夏秋冬、行けば行くほどまた行きたくなる。
会津武家屋敷
会津若松・東山温泉/ガラス細工作り
福島県会津市武家屋敷🚶🚶🏼♀️💨💨💨💨部屋、、沢山の部屋が在ります綾瀬はるかさん、、来られたようで😅😄八重の桜が会津がロケ地だったな同じ場所で📸😄家老のお屋敷は敷地、部屋が沢山在りますね秋田の武家屋敷とは、、、全然規模違います😅😁😄😄😄😄
會津藩西郷家老家を復原した屋敷は壮大。敷地面積約三千坪、建築面積はその一割。西郷家は千七百石取りで一石が米二俵半だから。会津藩家老西郷頼母邸を復元した施設を中心とした、歴史テーマパークです。資料館や特産店などが並んでます。資料館は会津の幕末期を中心に展示されており、見ごたえがあります。展示品は当時の民俗資料と鉄板の戊辰戦争もの。鶴ヶ城や県立博物館の展示資料と類似する部分も多々あるが、新選組にまつわる展示が目新しかった。やはり戊辰戦争とは会津にとって驚天動地の事件だったのだろうと感じた。
田季野(たきの)
会津若松・東山温泉/割烹・小料理、郷土料理(その他)
福島県会津若松市、鶴ヶ城の近くにあるすてきな会津料理のお店、元祖輪箱飯の田季野さん。会津伝統の曲げわっぱを使った輪箱飯と割烹料理のお店です。会津の伝統を感じるお料理と空間を楽しみに訪れました。・入り口には秋らしいおもてなし。玄関のススキや入ってすぐの栗など季節を感じるディスプレイもすてきです。・そしてここの名物はなんといってもわっぱ飯。曲げわっぱで食べるごはんって妙にわくわくして、いつも以上においしく感じます。鶴ヶ城のお膝元、城下町らしい細く入り組んだ道の多いエリアに歴史を感じる立派な店構え。伝統の曲げわっぱに敷き詰められた会津米と海の幸・山の幸…それらをせいろで蒸しあげたあつあつのわっぱ飯は、曲げわっぱの持つ優しい自然の雰囲気と豪華な具材で、開けた瞬間みんなが笑顔になるごはんでした。私は7種も具材がのった“よくばり輪箱“に。その名のとおりいろんな具材を楽しめて大満足。ほかほかというよりあつあつのごはん、陽が暮れるとすっかり寒い会津の夜にぴったらりでした。父は5種のせの輪箱飯とネギを箸代わりにして食べる会津蕎麦がセットになった会津セットを食べていましたが、そちらもおいしそうでした。・歴史ある建物の2階席。吹き抜けになっていて、お店の伝統を感じる内装も楽しみながらいただくことができました。
福島の続き宿の方にオススメのお店を聞き5分歩いて田季野さんへたまには日本酒🍶が飲みたく店員さんのオススメで寫楽を注文❗️とてもフルーティーでほのかにメロン🍈の香り舌触り滑らか飲みやすいヤバいお酒です😋しばしお酒を堪能したのち欲張りわっぱめしとお蕎麦味噌汁を変更してこづゆを注文。お腹ぺこぺこ待ってましたいただきます🙏わっぱ飯はあつあつで美味しい😋👍蕎麦にはネギが一本齧りながら食べるスタイルコシがあり美味い👍😋こづゆは素朴な味もまたいい👍ごちそうさまでした🙏お腹いっぱい😫千鳥足で宿に帰りました。
外部サイトで見る
飯盛山(イイモリヤマ)
会津若松・東山温泉/その他
戊辰戦争のおり、16~17歳の少年たちで編成された白虎士中二番隊が戸の口原合戦場から退却し、滝沢峠の間道を通り、戸の口堰の洞門をくぐり飯盛山に辿り着くと、鶴ヶ城の天守閣は黒煙の中に見え隠れして、「城は陥落したか、今は主君のために殉じよう」と、全員が自決しました。1人だけ生き残った飯沼貞吉によって、白虎隊の忠義と悲運の物語は広く人々に知られるところとなりました。春と秋の年2回行われる墓前祭では、白虎隊を偲びその霊を慰める剣舞が奉納されます。白虎隊と同じ様に鶴ヶ城を眺めてみました今は建物がいっぱいでなかなか見つけれませんでした😅
福島その4飯盛山に行きました階段がかなり急なのでスロープコンベアで上まで白虎隊の方のお墓に手を合わせてから🙏自害した場所へ若くして自害した尊い命の事を思うと胸が熱く込み上げ悲しくなりました改めて景色を見ながら黙祷を捧げました。