鬼子母神堂
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都電荒川線鬼子母神前、東京メトロ副都心線の雑司ヶ谷駅から歩いてすぐ。今の時期、太陽と若葉がキラキラかがやく参道を抜けると出てくる鬼子母神堂。参道には古民家喫茶店などもあったり、散歩も少し楽しい。入口脇には公園、境内には昔からある駄菓子屋さんとその向かいにはお団子屋さんがある。赤い鳥居が沢山並び、この界隈だけで七福神巡りができるとか。今は海外のお客様も多く、自撮り棒やGoPro撮影をされている方も多数。御宮参りをされている御家族もいたり、ここだけ都会の喧騒を忘れた空間になっていました。
「鬼子母神」その昔、鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産みました。しかしその性質は暴虐この上なく、近隣の幼児をとって食べるので、人々から恐れ憎まれました。お釈迦様は、その過ちから訶梨帝母を救うことを考えられ、その末の子を隠してしまいました。その時の訶梨帝母の嘆き悲しむ様は限りなく、お釈迦様は、「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。そこで訶梨帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。鬼子母神像は、鬼形ではなく、羽衣・櫻洛をつけ、吉祥果を持ち幼児を抱いた菩薩形の美しいお姿をしているので、とくに角(つの)のつかない鬼の字を用いと尊称しております。